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どこまでシェアする?(後編)

2013/08/12
どこまでシェアする?(後編)

前回、「シェア」の価値観は「配慮」という「心のシェア」という形で日本に伝統的に親しまれてきた、というお話を致しました。
さて今回は、そんなシェア上手な日本人が「シェア」に躊躇するのはどんな時か、という話題です。

「結界」という言葉は日本人なら誰でも知っているでしょう。神社の鳥居、畳の縁、お地蔵様、お寺の門、暖簾、留め石などなど…。気付けばそこらじゅうに結界と言えるものがあります。

そもそも結界とは神道、密教に由来しており、「聖域」を空間的に区切るための「境界線」として存在しています。結界により、その空間の前後で「気持ちの切り替え」や「行動の切り替え」が行われます。こうした「結界=境界線」に囲まれた日常により、日本人は自然と「結界意識」の高い国民性を獲得しているように感じます。

ところで、8月9日は『ハグの日』だったそうですが、日本人は私を含め「恥ずかしがり屋」と言われ、ハグなんてそうできたものではありません。これも一種の「結界意識」と言えると思うのです。自分と相手の間に精神的な境界線があり、その境界を超えることに抵抗を感じているわけです。
そしてその最たる例が、「口」ではないでしょうか。今でもご飯茶碗や箸など口をつけるものには、家庭内であっても個人所有のことが多いです。私自身、子供の頃からマイ茶碗、マイ箸を使っていました。日本人は口の接触ということに対して非常に神経質です。
それを逆手にとった例として、茶会において亭主の点てた茶を客が「回し飲み」するのは、一つの器をシェアすることで、その境界線が崩され、その一座が互いに「他人」ではなくなるための儀式であるといえるそうです。(「茶の湯の歴史 千利休まで」熊倉功夫著より。)

こうして見てみると、「心のシェア」が得意な日本人は、実はそこに身体性を伴うと途端に「シェア」が難しくなる傾向があるようです。
ですから、生活の中で精神的に「シェアしにくい」と感じるものには、もしかしたらちょっとした「結界」があるのかもしれませんね。

2013/8/10 安田晋也



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